ゆるくいろいろ

少し丁寧なメモ

おばあちゃん

久しぶりに母校へ行ってきた。知ってる顔がちらちら見えて、懐かしかった。匂いも懐かしかった。用事を済ませたあとは、学生時代よく行ってたパン屋でパンとコーヒーを頼んでサリンジャーの日本語訳を読んでた。お昼ご飯にしては足りないかな、って思ったけど時間が経つにつれどんどんお腹いっぱいになる。

 

しばらくすると、この店の常連客らしきおばあちゃんが隣の席に座った。15分くらいしたら、「それ、読めるの?」と話しかけられた。本の表紙を指差して。「読めますよ。」と返したら、「ほんとうに?アラビア語?」と思ったよりも驚きながら聞いてきた。私が日本語だと言ったら「あら、日本…日本はとっても信頼できる国ね。素晴らしい民族よ。」と感心してた。
そこからウクライナとロシアのこととか、神様のこととか、色々話した。その時間があまりにも楽しくて、尊かったので今記憶が残ってるうちに頑張って書いてる。と言ってももう半分くらいは忘れてしまった気がするけど。
 
彼女は「プーチンは神の天罰が怖くないのかしらねえ」と言った。彼女の母がいつも「Er ist allwissend, allmächtig und allgegenwärtig.」(彼(神)は全知、全能、そして偏在である。)と言っていたらしい。この2時間ほどの話の中でその母のことを何度も話してた。「私のお母さんはいつもこう言ってたの。」って。
 
正直最初は「あ、これは延々と神様の話を説教臭く話されるのかな。」と思ったけど、気付いたらなんか色々懐かしくなって、おばあちゃんとの会話に夢中だった。
 
「何か悩み事があるときは人に話すんじゃなくて、あそこに居る方に話すのよ。」と彼女は天井を見ながら言った。私が信じるか信じないかはさておき、そういう心の支えがあることって大事だな、と昔から思ってる。自分を見守ってくれる誰かが空の上に居るんだ、って思うことで少しでも心が楽になるならそれは良いことなんじゃないか?それを他人に押し付ける過激な人たちは怖いけど。生涯を通してひとつの信念を抱き続けることに何となく美しさを感じる。
 
人間に造られたものであったとしても、神が居なかったら私が大好きな音楽の数々は存在していないだろうな。そう思うとまた…話がどんどん脱線していく。
 
おばあちゃんは3人兄妹の長女らしい。とても90歳とは思えないほど元気で、たくさん、はきはきと喋る。ドイツ人らしくてとても愛嬌がある人だった。彼女のお母さんは102歳まで生きたそう。「お母さんは私をとても愛してくれた。もちろん私もお母さんを愛してた。」この歳になっても鮮明に覚えている母の教えはそれほど彼女にとって大切なものだったんだろう。かなり長い神様についての詩を早口で発表して、そのあと自慢げに笑ったおばあちゃんが可愛くて仕方なかった。
戦争の話もしてくれた。いわゆる「戦争は酷いよ」みたいな話ではなく、家族とどこかへ逃げたけどその先に居たアメリカ兵が他の人に内緒でとても優しくしてくれた、みたいな小さな幸せの瞬間も交えて語ってくれた。そういうエピソードが話の現実味を増やした。敵側も人間で、家族が居て、子供が好きで。どうしようもない気持ちが伝わった。
 
私が彼女との話に懐かしさを感じたのは、きっと高校の先生を思い出したから。なんと、偶然にもおばあちゃんも先生だったらしい。私の先生たち(主に2人)は別に私たちにキリスト教徒になれ、と言ったわけじゃなくて、ただ「聖書にはこういう言葉があるんですよ」と彼女たちの知識を分けてくれた。(キリスト教に限らず)その知識量に私はとても憧れていた気がする。
 
他に何を話したかはもうあまり覚えていない。本当は最初、今日のことは書かないほうがいいんじゃないかって思ってた。やっぱりあの時間に感じた幸せは言葉なんかでは再現できないし、変に言語化することでその幸せが失われるのがちょっと怖かった。音楽も、友達とのセッションとか合唱のリハーサルとか、私はそのあとも聴き直したいから録音しちゃうことが多いけど、毎回そのあとに「やっぱりやらないほうがいいかな」って思う。特に演奏中に録音すると、みんなとの繋がりがあまり楽しめなくなる気がするから。
でも、おばあちゃんと話してる最中にどんどん話した内容が頭の中から消えていくのを感じて、いつか今日のことは全部忘れちゃうのかな、ってちょっと泣きそうになったので、やっぱりこうやって何らかの形として残すことにした。いつかここの文章を読んで、今日のことを何となくでもいいから思い出せたらいいな。
 
最後、店を出る準備をしてたときに母校の生徒が入ってきて、「さっき買ったBerliner(ジャム入りドーナツ)3個のうち、2個はジャムが入ってなかったんだけど」とカウンターのおばさんに言ってたのが妙に可笑しかった。「あれ、そんなことあるんだねえ。これは絶対に入ってるはずよ。」と新しく2個もらった彼らがなんか面白そうに笑ってた。